アルパ

アルパは目を閉じた。喫茶店の中では、50代の男性たちの談笑とラジオから聞こえてくる女性ヴォーカルの歌が聞こえて来ていた。
目を閉じて、この間のドライブの様子を思い浮かべてみる。

カモメが一匹、空を飛んでいた。
サングラスをかけた男。

思い出されたのはそれのみだった。
アルパは上野が好きだった。
特に好きなのは、公園口のほうだ。というよりはむしろ、公園口のほうのみを深く愛していた。改札を出ると前には東京文化会館が建っている。今日の公演はなんだろうかとチェックするのが日課になっていた。少し前まではパンダの赤ちゃんについての掲示物も多数見かけられた。世の中の人はみな、パンダの赤ん坊を見るのに何時間も並ぶらしかった(アルパも実は見たかった。)。近頃は赤ちゃんは青年期にはいったらしく、行列は消えていた。元気に育ち、素敵な青春が彼にもありますように。アルパは密かに祈りを送った。

そこを過ぎると右手にはロダンに出会える場所がある。国立西洋美術館の庭にはチケットを買わなくても入ることができ、あの素晴らしい地獄の門をみることができた。


---

Per me si va ne la città dolente,
per me si va ne l'etterno dolore,
per me si va tra la perduta gente.
Giustizia mosse il mio alto fattore;
fecemi la divina podestate,
la somma sapïenza e 'l primo amore.
Dinanzi a me non fuor cose create
se non etterne, e io etterno duro.
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.'[1]


我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧
第一の愛、我を造れり
永遠の物のほか物として我よりさきに
造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ


----


アルパはこんなに美しい文章がこの世に存在することを信じることができなかった




ロダンの門のはるか彼方上空で
鳥が空を駆け抜けていった