私は、老齢になる頃までにはなるべくタモリさんになりたい。
あの方はかなり楽しいだろうと思う。
だって、どこか地球の土地を歩くと、その土地の歴史や風土を読み解いて面白がることができるからだ。
この数日感、大阪と瀬戸へ行ってきた。
展示に誘ってくれたギャラリーさんと、まだお会いしたことがないけれどインスタグラムで作品のみ知っていたガラス作家さんに会って打ち合わせをするためだ。
大阪は今回一瞬しかいなかったけれど、いつも行くたびになぜこんなにエネルギッシュなのだろうと思う。串焼きや立ち飲みのような美味しいお店がたくさんあり、中心には川が流れており、土地が元気なのを感じる。
瀬戸に行ったのはおそらく2、3回目だと思うが今回は一番長く滞在できた。
確か一度めに行った時は、陶磁器の訓練校に入ろうかなと一瞬考えて見学に行った時だと思う。その時は「なんだか奥まった土地だな」くらいにしか感じなかった。
というか、瀬戸だけではなく数年前まではどこに行ってもどんな景色を見ても、「綺麗〜」「東京や福島とはなんか違うね〜」としか感じられなかった。それ以外を何か感じたくても、何もわからなかった。福島に帰るときにみる車窓からの景色も、なんだかセンチメンタルな気持ちになるだけしかなかった。いつも、これを見て何かもっと世界が広がっていくことがあればいいのになと思っていたが、その先にどうやって行けるかわからなかった。
がしかし最近答えを見つけた。それは!タモリさんになることである!!!!!
なぜそれがわかってきたかといえば、私が少しずつタモリさんに近づいてきたからである。
きっかけはコロナ禍だった。
当時、ポトスくらいしか植物なんて育ててなかったワタクシであるが、コロナ禍の家庭菜園ブームに乗り、ホームセンターにプランターと土、種を買いに行った。野菜等、実は立派な苗までを育てるのが一番大切と言われているようなところがあるのを私は知らず、種を選んだのであった。結果的に私は、買ってきた苗で立派に育て、収穫量を増やすよりも、種子から芽が出て大きくなっていき実をつけ、また種になっていく過程を感じることが好きであったので結果的には良かったのだった。
あれはおそらくルッコラだったと思う。
育てていたら芋虫がついた。たくさんの小さな芋虫。なんだか可愛かったので育ててみることにして、持っていた虫籠にルッコラごと入れた。数匹は、途中で芋虫の中から小さな蜂のようなものが出てきた。どうやら自然にいる芋虫のほとんどは、その小さな蜂のようなものに寄生されるらしい。そのうち一匹だけが残り、羽化まで行った。しかし羽化もなかなか難しく(多分私が可愛くてその時までに触りすぎてストレスが多かったため)、羽は伸び切らなかた。私はその虫に、しぼみと名付けた。確か友達がつけてくれたのだったが。しぼみは、モンシロチョウだった。しぼみは数日で死んでしまった。
そこから、この世の植物に関心が出てきた。
関心や興味を持つことは、奇跡のようなことだ。
いくら興味を持とうとしても、そう決めて興味が出るものではない。
人を好きになるのと全く同じことである。
とき同じくして、私は亡き父の墓探しをしていた。
そのエピソードは数十年の大河ドラマ(笑)になるような※飴色の中ではね
話であるから、ここには書かない。
墓探しをしていて、まずお葬式を考え、あらゆる葬儀や法事というものについて勉強した。訳あって、父と母の先祖の墓や法事は別である必要があったため、母や親族に相談はできずに一人で調べて行ったのであった。
父の葬儀、墓がゴールであったが、いろんな合祀墓を見に各宗大本山等にお参りをしていたら、ワタクシは仏教の教えに<南無>した(帰依)不思議な起承転結である。笑
そんなときに、前後するかもしれないが鎌倉殿の13人というドラマを見始めた。その時まで大河ドラマ歴史ドラマなんて見てきていなかったが、非常に面白く、歴史の勉強にもなったのであった。そして僧侶も数人出てくるしね。ちょうど興味が重なりあい、そこから歴史にも興味が出てきたのであった。そして土地、風土と結びつく歴史と日本の信仰、民俗学のようなものに興味が広がって行ったのであった、つまりタモリさん的に進化する過程をスタートしたのであった。
そこから、タモリさんのように地理学に興味が入って行ってくれるか、自分でも自分の好奇心のことはわからないが、今、少しは近いところまではきていると思う。
そのような経緯があって、どこかにいくと土地の歴史、そこにあるお寺の歴史、神社の歴史(でも神社は仏教のように伝播していってどこかと繋がっていることがあるというよりは、その土地で昔から祀られてたりいきなり仏像が海から出現して祀られたり、夢に出てきて祭り始めたりで、スポット的なことも多いので全国の中の繋がりで勉強していくのと少し違って難しい)をみる楽しみが出現したのであった。
タモリさんになりたい。
飴色拝
p.s 興味が自然発生ではなく、小中の授業で教わることに広く興味を持てる人たちが羨ましい。