椅子( 1)




これは遠い昔に愛する人が座った椅子だ


これは君が産まれて間もない頃
君の母が君を抱き
君の幸せを願いながら座った椅子であっただろう


ある時この椅子の上で
ある人は愛する人の死を悲しんで泣いていた



ある時はまた
まるでこの世界の全てのわるいものが集まったような
とてもみにくい心の人をこの椅子は
座らせていた



そしてその後もちろん
その人の心が
美しい湖のように戻っていった時にも
椅子はその人を座らせていた



そして長い時間が過ぎて
椅子に座った人々はみな死んでいった




死と共に
誰かが覚えていたはずの想い出も全て
消えていった



覚えていた誰かもみな
いなくなってしまったから




しかし椅子の中には全てが残った

きれいなものも
醜いものも
許しも




誰かが座っていた椅子には
今は誰も居ない



椅子だけがそこに在った



いつかまた
誰かがそこに座り


何かを残していくだろう




その誰かが消え去ってしまっても
そこに残るものを

椅子は

静かに記憶し続けてくれることだろう